第5回 「だててんりゅう」解散、復活、ソロへ。
S :「だててんりゅう」の活動はいつごろまでされてたんですか?
隣:32〜3歳くらいの時に、、、まぁ、いろいろあって、、、、
  「だててんりゅう」の音楽活動を一回、ストップしたんや。
  ちょっと、人間的にもこんなんじゃいけんわ思って、、、、、
  いろんな意味で、社会的に欠陥のある生き方してるわけやから。
  もういっぺん、すべてをやり直して再構築というわけで、、、、、
  まぁ、とりあえず、広島へ帰って、仕事しながら
  自分の思てる音楽をもう一回やると、、、、、、。

S :故郷で仕事を始めたわけですね、、、、。
隣:34〜5歳の時に会社つくってね。

S :バンドやっていけそうな感じがあったら
  解散というか、ストップはなかったんでしょうね、、、、。
隣:それで、生活の糧になってたらね。

S :やはり経済性が大きかった?
隣:食べていけへんかったら、何もできひん
  生きることも、、、、って考えてたんやろね。
S :ああ、、、、。
隣:音楽やろうと思ったら、楽器もいるしね。
S :、、、そうですね。

S :解散から、復活まで10年ほどありますね、その間は?
隣:34〜5歳で会社始めたから、そっから10年、
  45歳ぐらいまでは仕事やね。

S :その10年間は音楽以外の仕事で
  経済的にも安定した、、、、ということですか?
隣:そう、楽器も機材も少しづつ手に入るようになったしね。

S :それでいよいよ復活ということですが
  そのきっかけになったのは?
隣:「1971」ね、「だててんりゅう」として最初のアルバム。
  46歳の時にね。(※「1971」のアルバムは、オフィシャルサイトへ

S :具体的には、いつごろから復活を、、、、
隣:7年ぐらい前からかな、京都のライブハウス「磔磔」
  現役でこつこつやってたメンバーが集まってきて、、、。
 
1971
だててんりゅうファーストアルバム

英国カンタベリーのリチャード・シンクレアさんとセッション。
とにもかくにもリチャード・シンクレアさんはよく喋る人だった。
そして繊細で気配りのある心やさしい人だった。 (2002.7月)

◎インタビュー目次

第1回 キーボードを始めたのはいつ?
第2回 高校でフォークバンド組んでた僕が、京都に来て
第3回 自分らで曲作って、演奏して
第4回 僕らがもってるスピリッツみたいなサウンド
第5回 「だててんりゅう」解散、復活、ソロへ
第6回 ソロって?
第7回 どこでもいい、聴いてもらえる場があったら
第8回 自分の世界を広げていく
 
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